「昭和の面白さ」8_文通編

このブログの「昭和の面白さ」6(2022/3月)で、

昔、文通していた話をしていたと思います。

今回はそのことについて、もう少し書いてみようと思います。


人生の中で最も感受性がつよく、最も真剣に「個」としての自分の在り方を考えた時期は

僕にとって16歳から20歳までだったように思います。

ちょうど高校に入ったころでしょうか、

高校ということで特に他の社会生活をするわけでもないし、、時間もたくさんあるし、

もともと好きだった「音楽」や「文学」に没頭していった、

それを通して「感受性」と「個」を考えるようなった。


これは奇跡にも近いのですが( 笑)、

僕の「音楽」や「文学」への欲求をどんどん深く、そして高みへと押し上げてくれたのが

その時からの文通でした。



音楽雑誌の文通募集コーナーに、好きなミュージシャン名をあげて僕の住所と名前をのせる。

今じゃ個人情報等の問題で無理でしょうが、そこは昭和、完全なる性善説のもと、変なことがなかったように思います。

そして僕のもとに、3〜4名?ほどの手紙が来たと思います。

そしてその中で、その後約4年もの間、ずっと文通が続いていたのは、

同じ年の北海道に住む女の子でした。

彼女の音楽・文学にたいする深い造詣、文章力の高さとふと笑ってしまうユニークさ、

そしてそのなんとも可愛らしい筆跡、、、、

毎回読むのが楽しみでした。


今日はその中で、たぶんその頃やりとりしていたであろうレコードと本。

どんなことを書いていたのか、思い出せないですが、、

ただ、こうやって、もう一度改めて向き合えば、

それはそれは珠玉の時間になるに違いない。



それではレコード盤に針をおとしてみましょう。

そしてそれを聴きながらこの本も読んでみましょう。




ヘルマン・ヘッセ「デミアン」「シッダールタ」

Townes Van Zandt 「For the Sake of the Song」

下記の音楽は

Townes Van Zandt - For the Sake of the Song (Official Audio)より

(**今や64歳のオイラ、読むといえば競馬新聞、聞くといえばムード歌謡、、、、

ずいぶん変わったたね〜〜〜)



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57歳から二拠点生活スタート、60歳からの山さんぽ

55歳くらいの時これからどう生きようか?と考えた。 まずは環境を変えてみようと57歳の時東京と軽井沢の2拠点生活を開始。 2022年60歳になり今後の自分にとって大切なものは「自然と健康」であると、山さんぽを始める。 (東京を拠点とした「TOKYO 山さんぽstyle」プロジェクトの企画運営)

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